平和を祈って「抑止力」を考えよう

Standard

今日は原爆投下がら70年。平和を祈って今日1日過ごした。そして、安全保障関連法案の議論にめぐり良く出てくる「抑止力」と言う言葉について考えた。
(いつもそうですが、僕の意見が間違っていると思う方、違う意見を持つ方、沢山いると思います。是非聞かせて下さい)

抑止力。抑止する力。力には色んな種類があるよね:

抑止武力
抑止協力
抑止外交力

全部を合わせてやっと日本の全体的な「抑止能力」の図が見えて来る。

但し、憲法改善で議論されているのは抑止武力のみ。「自分達の武力能力をあげることによって相手からの武力を防ぐ」との考え方。(そもそも中国からの攻撃(武力)が怖いから日本も攻撃出来るようにしましょうと言う、全く矛盾している心理だが。。。)

武力の道を走るには、一つだけ忘れてはいけない事がある。それは「核抑止」の事だ。一番課題にあがっている中国、北朝鮮(その他にもロシア、インド、パキスタン等合計9ヵ国)は核兵器所有国だ。兵器で抑止力をあげるには相手国と相当するものを所有しないと抑止力にならず、結局は外交や他国の連携に頼らないといけない。

核兵器超大国が「核兵器禁止条例」と進めようと妥協しあっている中、日本も「核兵器廃絶」を語っている中、核兵器所有国に向かって武力的行使を進めとするのはおかし過ぎて意味が分からない。

「抑止武力」の道には「核抑止」と言う行き止まりが絶対にある(だって、中国と北朝鮮の話なんだもん)。

でも「抑止力」には他の道が沢山ある。平和活動、平和条約、国連安全保障理事会等、今の状態で完璧ではないが、ドンドン強めていくには、結局、「外交力」。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s